音声の環境エンリッチメントで繁殖行動につなげる -ホオアカトキの事例

 

群れで暮らす動物にとって、いくつかの行動は社会的な刺激がきっかけとなって表出します。中でも、コロニーをつくる鳥の営巣行動には、社会的環境が大きく影響します。さらに、各個体の採食行動、ヒナや巣を守る行動、繁殖の同調などの発現を促進し、結果的には個体数の増減に影響を与えることが報告されています。今回は、社会的な音声刺激を環境エンリッチメントとして用いることで、動物園における希少種の繁殖に活用した事例をご紹介します。

対象となったのは、ブロンクス動物園(アメリカ合衆国)で飼育されるホオアカトキ12個体です。ホオアカトキは、崖の上にコロニーを作って繁殖するトキの仲間で、現在、野生の個体群はモロッコに生息するのみです。野生では繁殖可能なペアは100組以下であると推定されており、IUCNでは絶滅危惧IA類に分類され、今後の動向が心配されています。

 

ブロンクス動物園では、1984年からホオアカトキの個体群を飼育してきましが、その産卵数・孵化数は年々減少し、ついに2008年には産卵しなくなりました。ホオアカトキは6羽以下のコロニーでは繁殖しない、という報告もあったため、著者らは北米で飼育されるホオアカトキの血統登録を元に、2001年〜2009年の各園のコロニーの規模と孵化数について分析しました。その結果、卵が孵化するコロニーの平均サイズは11.21個体だったのに対し、卵が孵化しないコロニーの平均サイズは4.81個体と、大きなコロニーの方がより多くの卵が孵化していることがわかりました。

このことから、著者らは他個体の音声を流すという環境エンリッチメントが、ホオアカトキの繁殖成功率に影響をあたえると考え、調査をおこないました。この鳴声(Chrup音)は、トキ同士が頭を上げ下げして儀式的なあいさつのディスプレイをおこなう際によく発されます。
1回目の調査は2009年5月の8日間、15:00〜17:30に他園で録音した別のコロニー(13個体)の音声を30分間流し、続けて音声を流さない時間を30分設定するということを繰り返し、求愛ディスプレイや交尾といった繁殖行動を記録しました。用意した音声は、約10秒の鳴声と約50秒の無音が繰り返される2分間のループが、8種類繰り返されるものです。
2回目の調査は、2010年3月の13日間、10:00〜16:00にオーストリアの半野生のホオアカトキの繁殖施設で録音したコロニー(42個体)の音声を、同じような手順で流しました。

その結果、いずれの調査でも音声を流した時間の繁殖行動が増加しました。2009年に産卵をしたペアはいませんでしたが、2010年には5ペアが13卵を産みました。著者はこの差については、2009年の実施時期は繁殖期からは少し遅かったことが影響したのではないか、と考察しています。さらに、このような音声を用いてコロニーの社会的機能を充足する環境エンリッチメントは、小さな群れサイズで暮らす他種の鳥類でも繁殖を促す、とも述べています。実際にブロンクス動物園では、チリーフラミンゴやベニイロフラミンゴに対しても同じ方法を用いて繁殖行動を引き出すことに成功し、ヒナの孵化へとつなげているそうです。

これまで、音声を用いた環境エンリッチメントは、一般的にあまり明確な結果を示さないものが多いとされてきましたが、このホオアカトキのようなコロニーで暮らし、音声が重要な社会的刺激となる動物種にとっては、充分に有効なエンリッチメントとして機能する可能性があると考えられます。

Clark J.A., Haseley A., Van Genderen G., Hofling M., Clum N.J.(2012) Increasing breeding behaviors in a captive colony of Northern Bald Ibis through conspecific acoustic enrichment. Zoo Biology.vol.31(1), pp.71-81.

 

(やまざき)

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