カモフラージュネットの活用:来園者の存在によるゴリラのストレスを緩和する

  • 対象動物: ニシローランドゴリラ
  • 調査場所: ベルファスト動物園(アイルランド)
  • 目的: 来園者の存在によるストレスを緩和する

 

動物の飼育環境は、飼育の目的や形態によってさまざまです。特に、動物園などの一般に公開されている施設で暮らす動物達は、日常的に多くの人の目にさらされ、またその姿や声、匂いに触れます。このような来園者からもたらされる刺激は、飼育環境を複雑なものにするという面では、動物に対するエンリッチメントとなる可能性を含んでいます。

一方、動物園動物の来園者から受ける影響に関するこれまでの研究の中には、霊長類においては探索行動が減り、攻撃性や常同行動といったストレスの指標と見なされる行動が増加したという報告があります。そのため、そのような動物種にとっては来園者の姿や音声や匂いを和らげ、ストレスとなりうる要因を可能な限り飼育環境から減らすことが、彼らの生活の質の向上に繋がると考えられています。

そこで今回は、ゴリラと来園者の間に緩衝剤としてカモフラージュネットを設置することにより、ゴリラと来園者の双方にどのような影響を与えるのかについて調査した例をご紹介します。

ガラス面を覆うカモフラージュネットとカモフラージュネットの例
ガラス面を覆うカモフラージュネットとカモフラージュネットの例

 

展示動物を覗きこむ
のぞき穴からゴリラを見る

アイルランドのベルファスト動物園では、6個体のゴリラの群れが、草地の屋外展示と高さ7mの屋内展示からなる施設で飼育されています。観客用通路からは、ガラス面を隔てて屋内展示を見ることができるようになっています。このガラス面にカモフラージュネットを張ると、来園者は、屋内にいるゴリラをネットの隙間とネットのあちこちに作られたのぞき穴から観察することとなります。

まず、ゴリラの行動やウェルフェアに対するカモフラージュネットの影響を調べるために、ネット設置の前後1ヶ月間、計2ヶ月間にわたり全個体の行動が記録されました。さらに同期間中、来園者のゴリラとその展示施設の捉え方に対するカモフラージュネットの影響を調べるために、ネットがある場合とない場合にそれぞれ100名、計200名の来園者に対して、ゴリラの様子や、展示施設に対する印象についてアンケート調査がなされました。

ゴリラの行動変化の結果は以下のとおりです。カモフラージュネットを張った条件では、ゴリラの攻撃的行動と異常行動が減少しました。攻撃的行動の減少は、他の霊長類で報告されているのと同様に、来園者の存在がゴリラの行動に悪影響をもたらしていることを示唆しています。そのため、カモフラージュネットの導入は来園者から受けるゴリラのストレスを低減させる方法として有効であると考えられました。さらに、調査期間の1ヶ月にわたり攻撃的行動や異常行動の発現が低い状態を保っていたことから、ゴリラはカモフラージュネットに対して、馴化しにくく、その効果が維持されることも示唆されました。

また、来園者に対するアンケート調査の結果では、来園者はカモフラージュネットを張った条件下では、ゴリラが活発に行動していると見る一方で、攻撃的と捉えることが少なくなりました。さらに、カモフラージュネットが張られたガラス面からは、ゴリラは隠れてしまい見えづらくなっていましたが、来園者による展示施設への評価は悪くなることはありませんでした。

カモフラージュネットを設置後は、来園者がより静かに落ち着いてゴリラを見るような変化がみられました。以上のことから、カモフラージュネットは来園者からの視覚的、さらに聴覚的な刺激を低減させ、ゴリラの心身の健康の維持に役立つエンリッチメントとして、展示施設において効果的なものであったことが示されました。

(みつや)

先頭に戻る