アジアゾウにおけるマスト時の性ホルモンとストレスホルモンについて

1970年代以降、マストは性成熟したオスゾウにおける性的な行動と関連していると言われています。周期性があり、マスト期になると、顔の頬にある側頭腺の分泌や尿漏れによる後肢の濡れ、攻撃性の増加、破壊行為などがみられます。これまでの研究で、マスト期には攻撃行動やオスの性行動と関連していると言われるアンドロゲンの濃度が高くなることが明らかとなっています。しかしながら、マストに関しては明確になっていないことが多いのが実情です。また攻撃性の増加や破壊などが見られることから、マスト時にはストレスも増加している可能性が飼育下の調査から報告されていましたが、その結果には飼育環境によるストレスの影響があったのではないかとも言われていました。そのため、ゾウが自由に行動できるようなストレスが軽減した環境における個体での調査が必要とされていました。そこで、今回紹介する論文では、インドの国立公園内に生息するアジアゾウの糞からアンドロゲンとグルココルチコイド(通常ストレスにより増加すると考えられている)の代謝産物を測定し、マストとストレスの関連性について調べました。

研究対象となったのはインドのカジランガ国立公園に生息するオスのアジアゾウ60頭です。その内、マスト期27頭(糞:44サンプル)、非マスト期33頭(糞:33サンプル)からサンプルを収集しました。アンドロゲンとグルココルチコイドの代謝産物を測定し、マスト期、非マスト期における個体の間で比較しました。

まず、マスト期における個体では、先行研究でわかっているとおり、側頭腺の分泌や尿漏れがみられました。また、マスト期の個体の糞中アンドロゲン代謝産物濃度は、非マスト期に比べて高く、マストとアンドロゲンが関連していることも確認できました。一方のグルココルチコイド代謝産物濃度は、マスト期、非マスト期ともに大きな違いがみられませんでした。これにより、野生環境でのオスゾウのマストはグルココルチコイド、つまりストレスとは関連がないことが示されました。マストの特徴として見られる攻撃性の増加や破壊行為は、ストレスに由来するものではないのかもしれません。飼育下での調査では、マスト時のグルココルチコイドが高かったのは、飼育環境によるストレスが影響していた可能性もあります。そのためそのようなストレスを軽減していく必要があると思われます。今回は短期的な調査だったので、今後は長期的なホルモン動態や別の環境においても検討することでより詳細に調査する必要があるでしょう。

Ghosal R, Ganswindt A, Seshagiri PB, Sukumar R. (2013)Endocrine correlates of musth in free-ranging Asian elephants (Elephas maximus) determined by non-invasive faecal steroid hormone metabolite measurements. PLoS One 8(12)

 

(萩原慎太郎)

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