飼育下アジアゾウにおけるエサ隠しとエンリッチメント

  • 種名:アジアゾウ(Elephas maximus
  • 場所:チューリッヒ動物園
  • 種類:採食エンリッチメント
  • 目的:エサを隠す事で探査行動を増加させ、エンリッチメントとしての効果を行動から評価する事

野生でのアジアゾウは、自力でエサを探さないといけないため、高い割合で採餌行動やそれに伴う探査行動を発現します。一方、動物園で飼育される多くのゾウにおいては、エサが供給されることから、エサを探査する行動は減少します。そのため、いくつかの動物園ではエサを隠して給餌する方法がとられていますが、エサ隠しがエンリッチメントとして機能しているのかについてのデータは多くありません。そこでこの研究では、エサ隠しがエンリッチメントとして機能しているのかを知るために、展示場にある構造物にエサを隠すことが採餌に関する探査行動を増加させるのかを調査しました。

調査対象は、野生由来で血縁関係のない3頭の成メスゾウと娘である2頭の子ゾウからなるチューリッヒ動物園の群れです。彼らは通常、朝、屋外に出て、夕方屋内寝室へと帰って、夜間は室内で休みます。エサは干し草、ワラ、パン、野菜、果物、ペレットで、1日に1、2度新鮮な木の枝を屋外展示場で与えられました。ただし、本研究期間には屋外展示場においてエサを給餌されませんでした。

調査は、対照期間(通常の給餌)、エサ隠し給餌になれるためのトレーニング期間、そしてテスト期間(エサ隠し)の3期間をもうけ、実施されました。

まず、対照期間として、エサを隠していない状態での探査行動を調査しました。においによる手がかりを調整するため、朝、屋外展示場にゾウが出てくるまえに、調査者がエサを隠さずに展示場内を回りました。探査行動の定義として、地際から10cm以内において鼻先を止めているか動かしている状態とし、展示開始直後から1時間、20秒間隔の瞬間サンプリングでそれぞれの個体行動が記録されました。また、実施期間6週間のうち、9日間において記録されました。

ゾウがエサと特定の環境構造を関連づけるように学習しなければならないため(いつも給餌されない場所に給餌されるため、新たな給餌場所を覚えてもらう目的)、トレーニング期間をもうけ、ストーンボーダーをエサの隠し場所としました。ストーンボーダーとは長さ4mから13m、高さ20cmの石で、展示場にあわせて継続的に少しカーブして石が並べられているものです。隠すエサはチューリッヒ動物園のゾウたちが好むナッツが選ばれましたが、ナッツは見つけにくいので、発見を導くためにトレーニング期間が必要です。そのため半カットのリンゴが視覚的なヒントになるように、1m間隔で4つのリンゴを置き、それらの両脇のストーンボーダーのうえに25個のナッツを置きました。トレーニング期間においても、展示直後の1時間、探査行動を記録しました。ゾウがストーンボーダーの上渕(30cm以内)を探していた場合、上への探査とし、地面を探した場合を下への探査と定義した他、エサの獲得率も測定しました。エサの給与とデータ測定は連続した7週間のうち、7日間におこないました。

テスト期間としてトレーニング期間の後に、25個のナッツをストーンボーダーの上に置き、視覚的ヒントであるリンゴは置きませんでした。ナッツはトレーニング期間と同じ場所に置きました。その間の探査行動の記録方法は前述と同じで、期間は、7週間のうちの不定期な7日間においておこないました。

その結果、対照期間中のストーンボーダーの上に対しての探査行動は低かったのに対し、テスト期間中では有意に増加しました。一方、ストーンボーダーの下に対しての探査行動では、対照期間とテスト期間の間に、有意な差は見られませんでした。加えて、ゾウたちは展示場へ出た直後、ストーンボーダーへと歩いていき、構造物へ鼻をのばす行動が見られました。これは、ゾウへトレーニングを行なった事により、エサと構造物の関連性を学習させる事ができた事を示します。対象個体の採食行動としては、ゾウの鼻がナッツに近づいたか、触れたときにナッツを食べました。その他、他個体が探査するから同じ場所を探査してみるといった、社会的な影響も見られました。また、開始後、エサの3分の2を見つける事ができましたが、1時間経っても25個全てを見つけることができませんでした。

次に、全ての探査行動(ストーンボーダーやその他全てのものに対する探査)の頻度に関しては、対照、トレーニングおよびテスト期間で有意な差は見られず、今回の手法では探査行動の発現を増加させる事はできませんでした。これは、ゾウ飼育の中でエサを隠す事が探査行動を増加させる事ができず、エンリッチメントにならない事を意味するのではなく、エサとしてナッツを用いた事や今回の給餌の方法では探査行動が増加しなかった事を意味します。つまり、別の手法を用いれば、探査行動を増加させる事ができるかもしれませんので、今後もこのような調査はすべきだと思いました。

今回紹介した文献で大切な事は、動物園において、動物が持つ本来の習性を発現させるために、その手法を考え、実行しただけでなく、それを定量化(行動観察などをして数値化)して評価した後、改良や別の方法を考え実行するという、1つのサイクルだと思います。このようなサイクルが、できるだけ多くの動物園で実施される事を願います。

 

 

Christoph Wiedenmayer,(1998)Food hiding and enrichment in captive Asian elephants. Applied Animal Behaviour Science, 56(1), 77–82.

 (萩原慎太郎)
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