【ニュースレター紹介】The Shape of Enrichment Newsletter Vol.23 No.1&2 (2014)

本部The Shape of Enrichmentのニュースレター2014年第23巻1&2号の内容を簡単にご紹介します.

今回は,消防ホースや廃タイヤを利用したエンリッチメントアイテムの具体的な作製方法,クマの野生での生活史にもとづいた飼育環境の検討など盛りだくさんの内容です.

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ハンドメイドの“univer zoo”ボール・・・p.1-2

ハンガリーのブダペスト動物園では,同じエンリッチメントを何度も繰り返さないよう,新しいアイデアの創出と実行を目指しています.SHAPEのイベントのワークショップで紹介されたサイのための“タイヤボール”をヒントに,ゾウを対象として自作を試みました.

まず最初に,廃タイヤ5本(φ60cm×W20cm)を用いて,それぞれ半分にカットしてボルトで留めて頑丈にしたものを製作しました.しかし,ゾウに与えてみたところほんの1時間半ほどでボールは壊れてしまい、修理を要しました.そこで,4トンの巨体が乗っても壊れないような頑丈かつ柔軟なボールを検討し作製しました.

【材料】

廃タイヤ4本,ボルト&ナット(M8: 12本, M10: 2本),特大ワッシャー(M8: 24個,M10: 4個)

【手順】(写真参照)

  1. ①タイヤ丸ごと1本を核とする
  2. ②2本目のタイヤの一部に切れ目を入れて,①に垂直に組んでボルト留めする
  3. ③残り2本のタイヤは両側面を切り取り,②にボール状になるように組んでボルト留めする
  4. ④ボルトの先端とナットはボールの内側に入るようにし,外側に出ているボルトの頭も角を削る

 

タイヤボールをゾウに与えてみたところ,蹴る・持ち上げる・足を乗せる・ボールのうえに横たわるなどボールに対する様々な行動がみられ,3時間以上にわたり興味を示し続けました.そして,ボールの上に全体重をかけて横たわってもボールの形状は維持されていました.

その後タイヤボールはゾウへのエンリッチメントとして採用され,さらにはボールに乾草や野菜などを詰めた採食エンリッチメントのアイテムとしても活用されるようになりました.7か月経過したいまもボールはほとんどダメージもなく,ゾウの興味を惹きつけています.

さらに,このボールは,コドモのトラやホッキョクグマなど,ほかの種に対するエンリッチメントとしても活用され始めています.遊ぶ・追いかける・咬みつくといった行動がみられ,水陸問わず様々な遊び行動を引き出すことができました.運動促進,生得的な行動への刺激,そして採食行動の多様化ももたらしました.

このタイヤボールはさまざまな動物に対して多様な機能を持つエンリッチメントアイテムとして,まさにユニバーサルいや,“univer zoo”仕様だと言えるかもしれません.

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行動ベースのクマ飼育における環境エンリッチメント Part 1  基本的な考え方・・・p.3-6

飼育動物の行動を的確に把握し予測するアプローチ,すなわち行動をベースとした飼育管理の実現においてエンリッチメントは不可欠な要素です.

かつては、飼育管理という言葉は家畜の繁殖管理という場面で主に用いられ,しかも、あくまでも人間側の管理作業に重点をおいたものでした.また,動物の野生での生活史などの情報が乏しかった頃には,ヒトへの感染症を防ぐという目的で清潔さを重視したタイル張りの動物舎(チンパンジー),破壊や逃亡を防ぐための分厚いセメント造り(大型食肉目)といった,人間側の都合に基づいた飼育管理が継続されました.しかし,1970年代になると,そのような刺激に乏しい環境での動物飼育はさまざまな問題があることが明らかになります.そして,1980年代後半になって,それぞれの動物に特有なニーズに適した環境を構築するために動物を主体とした飼育管理に注目が集まるようになります。しかし,これらの取り組みも『動物がみえない』などの来園者の批判を受け,度々人間主体の飼育管理へと逆戻りしていました.このような歴史的流れを経て,いま再び,動物主体の環境構築に焦点が置かれる時代になりつつあります.

とりわけ野生動物の行動生態に関する情報量が増えたことで,行動ベースの飼育管理と環境エンリッチメントの手法が発展しました. また、それらに基づいて飼育下の環境に複雑さを取り入れる必要性が指摘されています.そこで,クマの日や季節ごとの生息環境ならびに活動パターンの知見から,飼育下に備わるストレッサーを軽減すること,精神的・生理的の両局面でのwell-beingを高めることを目指しました.

例えば,カナダ北部に生息するシロアメリカグマ(Ursus americanus kermodei)について,初春から晩秋までの野生での活動パターンから,飼育下での放飼場やエンリッチメントの必要要素を抽出しました.また,秋季の過食や冬季の巣ごもりといった季節ごとの活動パターンの特徴にもとづいた日常管理の要素を抽出しました(ニュースレターではこれらの詳細な表を見ることができます).

続報では,これらの行動ベースでのクマの飼育管理のためのエンリッチメントプログラム検討にあたって,餌と栄養,巣の環境などを報告します.

 

 

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消防ホースでできた四角いフィーダー・・・p7-8

消防ホースは,柔軟でかつ頑丈なためエンリッチメントにおける理想的な素材といえるでしょう.

今回紹介するホースフィーダー箱(写真参照)は,ギニアヒヒとシシオザルのための採食エンリッチメントとして試しどちらも成功しました.

その作製手順を詳しくご紹介します。

消防ホースを3本カットする:ホース幅の約4倍プラス5cmとホースの厚みに応じて少し余裕をもった長さにする

  1. ホースの両端から2.5cmにそれぞれ約10mmの穴をあけておく
  2. ホースを輪状にして四角く形作り両端をボルトナットで留める.同じものを2つ作ってそれぞれ垂直に重ね入れ込む
  3. 残り1本のホースを2本の隙間に入れて四角く形作りボルトで留める
  4. 最後に餌を出し入れするための穴をあけて,ボルトを内側に隠して完成

 

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イエネコに対する聴覚エンリッチメントの効果・・・ p9

近年幅広い動物種において,聴覚エンリッチメントがストレス軽減や生得的な行動レパートリーの促進の効果をもつことが示されています.そこで,シェルター施設で飼育されているイエネコにおいて,音楽が行動レパートリーやウェルフェアによい効果をもたらしうるのかどうか調べました.

シェルター施設で保護されているイエネコ14個体を対象に,音楽なし・クラシック・ロック・ポップ・ジャズの5条件を試しました.そして,各音楽刺激に対して見られた行動(立位・採食・睡眠・横臥・歩行・毛づくろい・発声・遊び)の頻度を記録しました.

その結果,ロック・ジャズ・クラシック条件と比較し,音楽なしの条件で採食の頻度が高く示されました.そしてロック条件に比べて音楽なし条件では発声の頻度も高くなりました.

採食行動の増加は,緊張の緩和によりウェルフェア向上を示すとも考えられますが,一方では環境ストレスに対する対処としての表れとも考えられます.ネコにおける発声は,怒りや友好や恐怖などのさまざまな情動を表すことが知られていることから,今回の実験での音楽刺激の効果は明らかになりませんでした.しかし,エンリッチメントとしての音楽の潜在的な効果があると信じて今後もさらに調査をするつもりです.

 

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オオアリクイが来園者の注目を総ナメ!・・・p10-11

イギリスにあるハウレッツ野生動物公園では,オオアリクイのために彼らが舌を使用するようなエンリッチメントプログラムが新しく考えられました.アクリル樹脂板とフィルムケースに直径10mmの穴をあけたフィーダーをケージに取り付け,液状の餌をケースに入れました.アリクイたちは立ち上がって採食し,複数の個体が集まって採食する様子などは,たくさんの来園者の注目も集め大変好評でした.

舌を使ってフィーダーから餌を舐める様子はこちらから動画でみることができます.

 

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飼育下チーターにエンリッチメントを試す(事例報告)・・・ p12-14

飼育環境における慢性的なストレスは異常行動を引き起こすことが知られています.そこで,チーターの常同歩行を改善する手法を見つけることを目的として5種類のエンリッチメントを試しました.

オスのチーター3個体を対象として、以下の5つのエンリッチメントを導入しました.A:放飼場デザイン(丸太組み),B:感覚刺激(メスが利用したワラ),C:物体(馬の血液をつけたブーマーボール),D:餌(馬の血液と一緒に凍らせた肉片),E:プラスチックボトルを引き回すエクササイズ

そして、一日2回、30分間、30秒ごとにチーターの行動を記録する観察を合計79日間実施しました.

 

5つのエンリッチメントを実施した結果,ベースラインやエンリッチメント後に比べて常同歩行が減少したエンリッチメント条件は,A, C, およびDでした.しかし、個体差も大きかったためか、いずれも統計的な有意差はありませんでした.

それぞれのエンリッチメントへの反応としては,Cに対してはこすり付け行動が見られました.Dの凍らせた餌では観察時間の33%を採食に費やしましたが,一方で給餌に対する予測が引き起こしたと思われるような常同歩行が増加しました.これはチーターがエンリッチメントのタイミングを学習していたことを示唆する結果であり,今後はよりランダムなスケジュールで導入する必要性がうかがえました.Bではとりわけ大きな反応はありませんでしたが,これはワラにつけた匂いが繁殖適齢期を過ぎた高齢メスのものだったからかもしれません.

 

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ワオキツネザルのためのハズバンダリトレーニング・・・p15

南アフリカのプレトリア動物園では,島状の放飼場でワオキツネザルの若オス群を飼育しています.この群れへ新たな個体の導入をするために,基本的なハズバンダリトレーニング(ターゲットを追従する,じっと止まる,移動するなど)をおこないました.

給餌における他個体への寛容性を向上させることも目的の一つだったので,トレーニングはそれぞれの個体を隔離しない状態でおこないました.段階的に条件付けをおこない,PRT(正の強化トレーニング)では動物が自発的にセッションに参加しました.条件付けの前後を比較すると,オス同士のディスプレイが40%減少,攻撃行動が30%減少,飼育者とのコンタクトや反応が60%増加し,さらに遊び行動は0%から20%にまで増加しました.

ハズバンダリトレーニングにより,飼育者がより近接して個体を観察できるようになったり,また、来園者にもトレーニングなどの様子を見せることができるようになるなど,多くの利益がもたらされました.

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以上,今回は盛りだくさんでした.

各トピックスについてより詳細な情報をお知りになりたい方は,お気軽にShape Japan事務局までご連絡ください.

(橋本 直子)

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