アザラシにおける環境エンリッチメントの行動への効果

  • 種名:ゼニガタアザラシPhoca vitulina concolor・ハイイロアザラシHalichoerus grypus
  • 場所:国立ボルチモア水族館(アメリカ合衆国)
  • 種類:物理エンリッチメント、採食エンリッチメント
  • 目的:環境エンリッチメントにより常同行動を減らし、自然な行動を増やす効果を確認する

 

エンリッチメント研究の多くは陸生生物を対象に実施され、海獣類を対象とした研究は多くありません。しかし海獣類でも他の動物と同じく、環境エンリッチメントにより常同行動を減らす効果が見込めるはずです。そこで今回は、アザラシを対象として環境エンリッチメントが行動に与える影響を調べた論文を紹介します。

対象は国立ボルチモア水族館で飼育されている7頭のゼニガタアザラシと2頭のハイイロアザラシです。観察期間中にテストしたエンリッチメント装置は以下の5種類です。

泡ネット:コンプレッサーを水中に沈め泡状の空気ネットを発生させる。

カゴ:プラスチックのカゴを組み合わせ、側面や内部に様々な物体をくっつけた物。

プラットフォーム:合板とウレタンフォームを組み合わせた板に、モップの頭を16個ぶら下げた物。

ジャングルジム:塩ビパイプをジャングルジム状に組み合わせた物。

草ベッド:プラスチック製の草を網に固定した物。

以上のエンリッチメントをそれぞれ1種類ずつ順に飼育プール内に設置しました。エンリッチメント内に餌を入れた条件と入れない条件それぞれで行動観察をおこない、エンリッチメントを設置していない時の行動と比較しました。

その結果、エンリッチメント実施中は常同行動(同じ場所を行ったり来たり泳ぎ続ける)が減り、ランダム遊泳(常同行動以外の遊泳)が増えました。さらにエンリッチメント装置の中に餌を加えることで、探査行動が増加しました。エンリッチメントの種類の間で行動を比較すると、泡ネットを設置したときに行動が最も活発になり、以下ジャングルジム、プラットフォーム、草ベッド、カゴの順でした。同様に泡ネットを設置したときが最も常同行動が少なくなり、以下ジャングルジム、草ベッド、プラットフォーム、カゴの順でした。つまり泡ネットの設置が行動を最も活発にし、常同行動を最も減らしました。

上記の結果をまとめると、エンリッチメントの設置により、アザラシの行動を活発にすることができ、常同行動が減りました。今回用いたエンリッチメントはどれも安価で、容易に手に入る物ばかりです。こうしたエンリッチメントを用いることによって、海獣類においても自然な行動を増やす効果が得られます。この効果は個体によって異なります。ある個体にとって効果が無いように見えても別の個体には有効なこともあるため、注意深く観察することが欠かせません、

Hunter, S. A., Bay, M. S., Martin, M. L. and Hatfield, J. S. (2002), Behavioral effects of environmental enrichment on harbor seals (Phoca vitulina concolor) and gray seals (Halichoerus grypus). Zoo Biol., 21: 375-387. doi: 10.1002/zoo.10042

(小倉)

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