糞を使ったリカオンの嗅覚エンリッチメント:捕食対象かどうかでその効果は?

  • 種名:リカオン Lycaon pictus
  • 場所:リンカーンパーク動物園(アメリカ合衆国)
  • 種類:嗅覚エンリッチメント
  • 目的:採食競合者、捕食対象となる動物種の糞を使った嗅覚エンリッチメントがリカオンの行動と生理におよぼす影響を探る

リカオンはアフリカのサバンナにおいて群れで暮らし、鋭い嗅覚を用いて狩りをおこないます。もし、嗅覚エンリッチメントとして動物の糞を導入した場合、その効果は、リカオンにとって捕食対象かそうでないかで差はあるのでしょうか?今回は、採食競合者、そして捕食対象となる動物種の糞を使ったリカオンへの嗅覚エンリッチメントが行動とストレスホルモンにもたらす影響を調べた論文を紹介します。

対象は、リンカーンパーク動物園で飼育されるリカオンのオス2頭です。嗅覚エンリッチメントとして、ライオン(生態系で同じニッチを占める競合動物)、グラントガゼル(捕食対象:生息地で捕食対象となる草食動物)、ウシ(本来は捕食対象ではない草食動物)の糞を用いました。

観察期間は 、1)エンリッチメント実施前のベースライン条件:1ヶ月半 2)エンリッチメントを実施した実験条件 3)エンリッチメント終了後条件:1ヶ月半、の3つの期間に分けました。実験条件では、それぞれの動物糞を、匂いは嗅げるが直接接触はしないように放飼場のフェンス越しに3日ずつ連続して呈示しました。行動観察は、1分間隔の瞬間サンプリング法を用い、実験条件期間に糞を呈示する11:00-12:00の1時間と、匂いの有無の影響を検討するために、実験条件では匂いを取り除いた14:00から30分間において行動を記録しました。記録された全ての行動は、「活動的な行動」「非活動的な行動」「社会行動」の3つの大きなカテゴリーに分類しました(表1)。
ホルモン分析のための糞は、全ての期間において毎日採取し、EIA法(酵素免疫抗体法)を用いて糞中グルココルチコイド(以下FGM; ストレス応答の制御に用いられる副腎皮質ホルモン)の濃度を測定しました。

表1. 行動カテゴリー

 

その結果、2頭のリカオンの活動的な行動は、ガゼルの糞の導入において10.6%と最も大きく上昇しました(P<0.05)。一方で、ライオンとウシの糞に対しては、活動的な行動に変化はありませんでした。この研究で用いたいずれの糞も、リカオンたちには新奇の匂いでした。このことから、リカオンに対する嗅覚エンリッチメントとして糞の有効性は、新奇性よりはむしろ、野生環境で捕食の対象となる動物の匂いかどうかがより関連しているのかもしれません。さらに、ガゼルの糞が呈示された3日間において、2頭が匂いをかぎ合う、遊ぶなどの親和的な社会行動を示す割合が最も高くなりました。さらに、優位性を示す示威行動やそれに対する従属的行動は、ガゼルの糞が呈示された期間にもっとも高い頻度で確認されました。嗅覚エンリッチメントの実施による親和的な社会行動の増加は、先行研究でも、タテガミオオカミ、ヤブイヌ、ネコ科において確認されており、今回の研究においても同じような効果 がもたらされたと言えるでしょう。

FGM濃度は、全ての期間を通じて順位の高い個体がより低く(67±2.6ng/g)、順位の低い個体がより高い数値(94.4±2.8ng/g)を示しました。また、順位の高いオスのFGM濃度はライオンの糞の呈示時に低下したのに対し、順位の低いオスの値は、ガゼルの糞の呈示時に上昇しました。さらに、順位の低いオスのFGM濃度は、エンリッチメント終了後条件に低くなる傾向を示しました。

以上の結果から、リカオンにおいては、群れ内での社会的順位がストレスホルモンであるFGM濃度の変動に影響を与えることが示唆されました。また、ライオンの糞は、リカオンの活動性に変化はもたらさないものの、順位の高い個体のストレスホルモンの低下に有効であることが示唆されました。一方で、ガゼルの糞について、2頭の活動的な行動はともに増加しながらも、FGM値の反応には異なる反応がありました。リカオンの群れでは、獲物を狩る際には、低順位の個体はより多くの労力をかけながらも、食べる量が少なかったり、上位個体との競合が避けられません。このような予測が、ガゼルという獲物の存在に対するFGM値の反応に差をもたらしたのかもしれません。

ただ、全体的にはエンリッチメントの実施前後の条件を比べると、順位が低い個体においてFGM濃度の低下が確認されていることから、群れで生活する肉食動物において、糞を使った嗅覚エンリッチメントの導入は順位の低い個体により有効であると言えるかもしれません。これらの、社会的順位がいかにストレスホルモンに影響を与えるかについては、今後さらなる研究が必要でしょう。

Rafacz ML, Santymire RM.(2014) Using odor cues to elicit a behavioral and hormonal response in zoo-housed African wild dogs.Zoo Biology 33(2):144-9. doi: 10.1002/zoo.21107

———————————

群れ(パック)の結束や役割分担が固いリカオンという動物種ならではの結果でしたね。野生下で繁殖可能個体は、1400頭前後という報告もあり、飼育下でのより適切な個体群の維持と飼育が期待されます。

(山崎)

先頭に戻る