ゾウの足の健康に影響するのは?:北米の飼育ゾウの大規模調査から

  • 種名:アジアゾウ [Loxodonta africana] ・アフリカゾウ [Elephas maximus]
  • 場所:北米の複数の動物園
  • 目的:ゾウの足の健康に影響する要因を検討する

アメリカの複数の動物園でおこなわれたゾウの福祉評価の大規模プロジェクトUsing Science to Understand Zoo Elephant Welfare project からついに結果が出てきました。7月中旬にPloSOne誌に一気に複数の論文が掲載されました。このプロジェクトは多くの研究者と北米の動物園が協力して、飼育下のゾウの福祉に影響を与える要因を多面的な指標をもとに分析しようとするものです。

今回はその中のひとつ、ゾウの足の健康についての研究をご紹介します!

 

【目的】

足や筋骨格の異常は飼育下のゾウでもっともよく報告される健康問題です。1994年にMikotaらが出版した文献によると、北米の動物園29園のうち、半数のゾウが足の疾患を経験しており、64%のゾウが筋骨格の異常を経験していたということです。足や筋骨格の健康問題としては皮膚炎、爪の割れや伸びすぎ、爪床炎、パッドの異常成長や膿瘍、指骨の骨髄炎、変性関節疾患、骨関節炎、外傷、軟部組織の損傷などさまざまなケースがあります。これまでの臨床的な経験から、原因として運動量の少なさや利用可能なスペースの制限、固い床素材、糞便や尿などに接触する機会の多い環境要素、肥満などが影響しているのではないかといわれてきましたが、これまで実際に統計的な分析はなされてきませんでした。

そこで著者らは、北米の飼育アフリカゾウとアジアゾウを対象に、足の健康と環境・個体要因の関連を検討しました。

【方法】

AZA所属の動物園において、2012年に各園館の獣医師が筋骨格・足の状態をそれぞれチェックリストに従って評価し、それを基にスコア化をしました。まず、筋骨格の状態については見た目や動作などをもとにした評価がなされました。1つの肢や関節が熱感を持っていたり腫れていたり、多少の歩行困難や歩き方の変化などが見られた場合をレベル1とし、1つの肢や関節が跛行または硬化のせいで熱感をもったり腫れたりしている場合を2、2つかそれ以上の肢や関節がレベル2と同様の状態である場合をレベル3としました。問題の程度については統一的な指標でスコア化するのが難しかったため、考慮にいれませんでした。次に足の状態については、爪、足のパッド、指趾間部の異常があればそれぞれ1ポイントとカウントしました(最大で各足に3ポイント、個体では最大12ポイント)。

床材については、草・砂・ゴム・石材・コンクリートがあり、石材とコンクリートを固い床材、その他を柔らかい床材としました。

 【結果】

筋骨格については対象となった255個体のうち198個体からデータが得られ、74.8%の個体には異常は認められませんでした。一方、足の状態に関しては255個体のうち215個体からデータが得られましたが、問題がなかったのは32.6%にすぎず、そしてそのうちの9割以上が爪に関する問題でした。2011年の診療記録と併せて検討したところ、64個体が既に2011年に異常が認められており、うち79.7%に2012年にも異常があったことから、これらは慢性的な問題であることがうかがえました。他方で、筋骨格および脚の状態には、性別や種差は影響していませんでした。

モデル統計の結果、筋骨格の異常・足の異常の両方において、固い床材の上にいる時間が影響を与えており、固い床面にいる時間が長いほど問題が多く報告される傾向が認められました。例えば、1日のうち4時間を固い床面で過ごす個体は、2.5時間しか過ごさない個体に対して、68%も高い割合で筋骨格の異常がレベル2と評価されました(レベル1と比べて)。また1日のうち3時間固い床面で過ごす個体は足の問題が6と評価される確率が、5時間過ごす個体と比べて18%も高くなりました。一方で5時間固い床面で過ごす個体は、足の問題が7と評価される確率が、32%高くなりました。予測通り、床面は足の健康に影響を与えている可能性が示唆されました。過去におこなわれたウシの跛行などの研究でも、地面の素材との関連が報告されており、これらと共通した結果となりました。

しかし、自由に屋内外を選択できる状態でのスペース利用可能性(広さや利用時間などをもとにした指標)や夜間のスペース利用可能性などの要因と足の問題の関連については予測と反する結果が出ています。例えば、自由に屋内外を選択でき、利用可能なスペースが広い環境では常同行動が減少するという結果が出る一方、そうした施設では足の問題が増加する傾向がありました。著者らはこの点について、床材の細かな影響や、放飼場を出入りする際の足のトラブルにつな がりやすいような物理的要素(ゲートやでっぱりなど)が影響しているのかもしれないと述べています。今回の研究では複雑な飼育施設の中でゾウがどのような種類の 床材の上にいるかなどの詳細が得られていないため、今後はこれらの点も含めた詳細な検討が必要そうです。

今回の調査から、ゾウは足に問題を抱えやすいことが改めて定量的に明確になりました。また、加齢とともに、これらの問題は増加する傾向があったことから、著者らは、体の大きなゾウは解剖学的な性質上、足に大きな圧力がかかっており、加齢とともに体サイズが大きくなるためその負担も増加するのかもしれないと述べています。今後は、飼育下のゾウの福祉において、ゾウ達が固い床の上で過ごす時間をいかに短縮し、足への負担を減らすような環境改善がますます重要になることでしょう。なお今回ご紹介した論文はオープンアクセス誌なのでどなたでもアクセス&ダウンロードできます。

SHAPE-Japanの記事でも、以前スミソニアン動物園のゾウ舎Elephant trailのレポートをおこなっています。砂を敷き詰めた屋内展示場など工夫がされている様子を報告しています。この機会にこちらもどうぞ。

スミソニアン動物園の Elephant Community Centerの様子。光がよく入り、屋内放飼場に池が併設され、床面には1.2mの深さの砂が敷かれている。

( 山梨 裕美)

Miller, M. A., Hogan, J. N., & Meehan, C. L. (2016). Housing and Demographic Risk Factors Impacting Foot and Musculoskeletal Health in African Elephants [Loxodonta africana] and Asian Elephants [Elephas maximus] in North American Zoos. PloS One, 11(7), e0155223. doi: 10.1371/journal.pone.0155223

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