- 対象種:カロリナハコガメ (Terrapene carolina carolina)
- 場所:ノースカロライナ州立大学(USA)
- 目的:飼育環境がカロリナハコガメの生理・行動に及ぼす影響を定量化する
は虫類の仲間達は、環境に合わせて行動を柔軟に変化させるというよりは、むしろ生得的な特性に大きく左右されるため、本来の生息環境とかけ離れた環境への適応がより難しい種と言えます。そのため、は虫類にとってよりよい飼育環境には、生物としての基本的条件である食物、温度、湿度などの管理が重要であると考えられてきました。しかし、これらの飼育環境は、実際には虫類たちにどのような影響を及ぼすのでしょうか。これまでさまざまな環境エンリッチメントの研究がなされてきましたが、は虫類を対象にした事例は決して多くありません。そこで今回は、飼育環境がカロリナハコガメの行動と生理に与える変化を調べた研究をご紹介します。
カロリナハコガメは、アメリカ大陸の森林や湿地帯に生息し、野生環境では落ち葉や朽ち木の中に隠れて何日も過ごすことが知られています。ノースカロライナ州立大学では、カロリナハコガメをプラスティックケージ(50×28×30cm、温度20-25度、湿度50-80%)で飼育しています。そこで、38個体を2つのグループに分け、それぞれ2-3cm深のヒノキ・細紙の床材や隠れ場所を備えたケージと、床面に折った新聞紙を敷いたケージで1か月間飼育しました。調査の前後には、生理学的なストレス指標として、血中のH/L比(偽好酸球とリンパ球の比率)と糞中のコルチコステロン濃度(両方ともストレスにより増加するといわれている)、さらには体重を測定しました。また、調査期間のうち2週間にわたり、7:00〜9:00の時間帯から6時間、行動をビデオカメラで記録しました。観察した行動は、採食、休息、移動、逃避(ケージの壁を登ろうとする、掘る、頭を何度も押し当てるなど)に分類しました。 さらに、どちらの環境をより積極的に好むのか比較するために、調査の前後に選好実験をおこないました。実験では、大型ケージ(78×35×30cm)の両側に調査で用いた2つの飼育環境を用意しました。カメ達をケージ中央に置いた後、6時間にわたりビデオカメラで利用エリアと行動を記録しました。
その結果、床材や隠れ場所を導入したケージで飼育された個体は、調査前と比べ、調査後のH/L比が大幅に減少しました。反対に、新聞紙のみのケージでは、H/L比は増加する傾向を示しました。糞中のコルチコステロン濃度や体重変化には明確な差はみられませんでした。また、床材や隠れ場所を導入したケージで飼育された個体の行動は、91%を休息行動に費やし、逃避行動は1.9%でした。また、89.1%の時間をなんらかの隠れ場所や床材の中で過ごしていました。しかし、隠れ場所のないケージのカメ達は、逃避行動が46.1%と高い頻度で確認され、約70%の個体において、水皿を裏返したり、新聞の下にもぐりこむことで身を隠そうとする様子が確認されました。カメ達は何かに潜り込むとようやく落ち着き、逃避行動は収まったそうです。
選好実験の結果、カロリナハコガメ達の環境への好みはかなりはっきりしたものでした。床材や隠れ場所を導入したエリアを利用した時間は90.9%だったのに対し、隠れ場所のないエリアの利用は1.8%にとどまりました。このうち、終始、床材や隠れ場所のある飼育環境のみを選択した個体は33個体にのぼりました。また、調査前後で、カメ達の好む環境にほとんど変化はなく、このような好みは生得的傾向が強いことが伺えました。
この調査では、飼育環境はカロリナハコガメの行動や生理に大きな影響を与えることが示されています。より本来の生息環境に近い飼育環境は、穴を掘る、隠れるといった種特有な行動をより多く引き出しました。著者らは、H/L比が示すように、飼育環境は彼らの免疫にも大きな影響を与えており、その健康や寿命に強く影響をおよぼす要因になるのではないか、と述べています。他方で、コルチコステロン値とH/L比は相関しませんでした。これは、今回のような短期間の飼育環境の変化により、ある程度のストレスは生じたものの、そこまで深刻な状況には陥らなかったためではないか、とも推察していました。
カメの仲間たちは、動物園のみならずペットとしても根強い人気があります。今回の調査では、カロリナハコガメの飼育環境には、十分な隠れ場所を備え、安心できるような環境を用意することの重要性が行動・生理の両側面から示されました。今後も、このようなは虫類に関した事例研究がさらに重ねられることが期待されます。
(やまざき)