最適な採食エンリッチメントを探るーフェネックの行動と来園者の反応から

  • 対象種:フェネック (Vulpes zerda)
  • 場所:Brookfield Zoo (アメリカ、シカゴ)
  • 目的: 採食エンリッチメントの有効性を高める、維持する、来園者への影響を探る

フェネック 午後の休眠

近年、動物園では、動物が自然な行動レパートリーを発現できるように様々な環境エンリッチメントがおこなわれています。しかし、沢山の環境エンリッチメントの種類の中から、対象の個体にとって最適なものを選択することは難しいことでもあります。

例えば、採食条件を工夫する環境エンリッチメントでは、エンリッチメントに対する馴化をふせぎ、その効果を維持するためにランダムに食物を与える方法がしばしば用いられます。しかし、エンリッチメントに対する動物のモチベーションを継続させるためには、その給餌スケジュールは、動物自身が食物を得られることをある程度は予測でき、その期待や関心を維持できるようなタイミングで設定することが重要であるとも指摘されます。このことから、いつ食物を得られるのか動物に全く予測できない完全にランダムな給餌スケジュールは、必ずしも最適な環境エンリッチメント条件とは言えないでしょう。

今回ご紹介する論文では、フェネックを対象として、一定の時間と場所でエサを得ることのできる確率が段階的に変動した場合に、その確率に応じて環境エンリッチメントに対する動機づけが変化すると想定し、その反応について行動観察をおこないました。
また、エンリッチメントの副次的効果として、エンリッチメントの実施によって動物の活動性が増加した際に、来園者の関心をどの程度ひきつけることができるのか、放飼場前にとどまる来園者の数とその滞在時間を測定しました。

12hour fish feederBrookfield Zooでは、フェネックへの給餌にベルトの上に配置した食物がゆっくりと開口部にむかって運ばれる、ベルトタイプの自動フィーダーを作成しました。フィーダー 開口部には3方向に枝分かれした透明のプラスチックチューブをとりつけ、放飼場の左側、中央部、右側へと各方向へ分散して給餌されるしくみです。

実験では、この自動フィーダーについて、中央部に給餌される頻度を0%、25%、75%、100%のいずれかのレベルで一定になるように設定し、残りの餌はあらかじめランダムに左右に振り分けられるように設置しました。また、一回分の給餌量から中央部に配置する予定の食物を除いた残り分を、飼育担当者が任意にベルト上に配置し、給餌の時間と方向が全てランダムになる条件についてもデータ記録をおこないました。各条件は2週間ずつ連続しておこなわれ、フィーダーを用いない従来の給餌条件との比較をしました。

フェネックの行動変化については、各条件での活動的な行動、休息などの非活動的行動、採食、注視行動の変化について分析をおこないました。その結果、フィーダーを用いた場合は従来の給餌条件と比較して休息時間が大幅に減少し、行動レパートリーがより多様になりました。また、中央部に給餌される頻度が多く、その確実性が高く給餌スケジュールが予測可能な場合は注視行動が減少し、確実性が低い条件と飼育担当者が任意に食物を配置した条件で注視行動が増加しました。

このように、給餌方法の変化は動物の行動を刺激することに効果的ことが示唆されました。とりわけ、動物自身がある程度、給餌の機会を予測できるような環境エンリッチメントは、そうでないものよりも、エンリッチメントの動機付けに対する刺激として効果的であるとされます。今回の実験では、フェネックが給餌のスケジュールをある程度予想できるような場合、期待を表すような行動の減少と、より複雑な行動パタンの発現に繋がったと考えられます。他方で、動物が暮らす環境に、不確実な要因を加えたことが刺激となって、注視行動といった周辺の環境を探索するような行動がより多く発現したと考えられました。

さらに、フィーダーの導入がフェネックの展示を観覧する来園者の人数やその滞在時間に与えた影響をを分析しました。その結果、フィーダーが導入された条件では来園者はより長い時間、放飼場前に滞在しており、この環境エンリッチメントは、来園者を長く展示にとどませるためにも有効であることがわかりました。これは、来園者から見えるような位置でフェネックが活発に動き回ることにより来園者の興味・関心が高まり、結果として、放飼場の前により長い時間滞在するようになったと考えられます。動物種によっては、沢山の来園者の存在がネガティブな影響を与える可能性も考えられたため、放飼場前に滞在する来園者数の変化がフェネックの行動に影響を与えたかどうかを検討しました。しかし、双方の間に関連性はな く、フィーダーの導入による来園者数の増加そのものは、フェネックに対して影響を与えないことがわかりました。

このことから、環境エンリッチメントそのものは動物の飼育環境を改善することを目的するものですが、その副次的な影響として、動物園の展示効果を向上させることも示唆されました。今後は、そのような動物を見ることに多くの時間を費やす来園者は、動物についてより深く興味をもち、例えば動物の保護活動について高い関心を抱くのか、といったような環境エンリッチメントが来園者の経験に与える具体的な影響についての調査も必要になってくるかもしれません。

Note on optimizing environmental enrichment: a study of fennec fox and zoo guests. Zoo Biol. 2011 Nov-Dec;30(6):647-54.

(みつや)

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