避妊用インプラントを用いた個体数管理がマントヒヒの群れに与える心理的影響

対象種:マントヒヒ(Papio hamadryas)

場所:ペイントン動物園(イギリス)

目的:行動指標を用いて群れの個体数調整による社会心理的ストレスを評価する

 

動物園などでは、限られたスペースで動物が過密にならないように群の個体数管理は重要な課題です。繁殖を制限するためには、霊長類をはじめとした哺乳類種では、個体の搬出がおこなわれたり、あるいは外科的処置を必要としない、避妊用インプラントが用いられることも多くあります。今回用いられたNorplant ® は長期的かつ可逆的避妊薬で、メスの肩甲骨の皮下にシリコンカプセルを埋め込み、マントヒヒでは、通常2~3年の効果が期待できるとされます。しかし先行研究では、Norplant ® を使用した場合、メスが発情中により攻撃的になる傾向があり、群れの社会関係に課題を残すという報告もあります。

そこで今回は、インプラントを用いた避妊方法と、個体の搬出による群れのメンバーの消失という2タイプの個体管理方法が、群れの社会心理的状態に与える影響を比較調査した研究をご紹介します。調査では、自己指向性行動(自己をひっかく、自己を毛づくろいする、あくび、身体をゆするなど)が5年間にわたってモニタリングされました。この自己指向性行動は、霊長類を中心として動物の不安やストレスの指標として行動学的にも薬理学的にも根拠のある行動と知られています。

 

ペイントン動物園のマントヒヒの放飼場は大きな岩山と小さな居室からなり、50個体が飼育可能と想定されていました。しかし、その個体数が83個体まで増加してしまったため、同園では、1998年12月から長期にわたる個体数調整計画を開始しました。1999年には20個体(コドモと若オス)を搬出し、メス全25個体にインプラント(75mgのカプセル2錠)を実施しました。2000年に25個体、2003年に12個体がそれぞれ他の動物園に移送され、群れの個体数は5年間で最大83個体から46個体に減少しました。

同時に、これらの手法がマントヒヒの群れに与える心理的ストレスを調べるために、自己指向性行動に関する行動観察がおこなわれました。群れのすべてのオス5~10個体とランダムに選んだメス6~11個体を対象として、1999年から秋・冬・夏の各季節に5年間、各個体について30分間の行動観察を岩山と居室の二つの空間でそれぞれ5回ずつ観察しました。

 

観察の結果、不安や緊張を示す自己指向性行動は、メスよりもオスにおいて高い頻度で確認されました。また、特に面積が狭い居室に過密な状態で収容されている状況では、性別に関わらずいずれの個体にも共通して高い頻度で自己指向性行動が確認されました。しかし、群れの個体数の減少にともなって自己指向性行動も減ったことから、特にオスを中心として個体数を調整するという今回の個体数管理の手法は群れの社会心理的な側面においても有効な方法だったことを示していると考えられます。

他方で、Norplant ® の使用によるメスの自己指向性行動の増加は確認されず、このインプラントが個体に実質的な悪影響を及ぼさないことが示されました。

また、先行研究ではNorplant ® を用いた場合に発情中のメスがより攻撃的になる傾向が報告されていましたが、今回の調査では、インプラントを導入した後も、群れ全体の社会的緊張が高まるような様子は確認されませんでした。しかしこれは、もしかすると個体の搬出による群れサイズの大きな変化によって、インプラントによる小さな変化が検出されにくかったゆえの結果かもしれない、とも著者は述べています。

最後に、個体同士の距離が近くなり群れの緊張度が高まると予想された状況下での行動の様子から、自己指向性行動はマントヒヒにおいても、社会心理的ストレスを評価する際に充分に有用な指標になると考えられます。

 

(はしもと)

 

Plowman A. B. et al., (2005) Welfare Implications of captive primate population management: behavioral and psycho-social effects of female-based contraception, oestrus and male removal in hamadryas baboons (Papio hamadryas). Applied Animal Behavior Science, Vol.90, pp.155-165

 

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