来園者は動物園の展示から何を感じるか

  • 対象種:ヒト(Homo sapiens
  • 場所:セントラルパーク動物園(アメリカ合衆国)
  • 目的:エンリッチメントを含めた展示デザインが来園者に与える印象を調べる

 

 

動物園は、野生動物の保全に取り組み、生息地の現状を私達の社会に伝える場として重要な役割を担っています。多くの動物園では、そのような環境教育のメッセージをより効果的に伝えるために、 生息地の自然環境を再現するような展示のデザインがなされています。

一方で、動物を飼育する上では、生息地の景観の再現だけでなく、その機能についても充分に考慮する必要があります。多くの施設では、環境エンリッチメントは展示の基本コンセプトに含まれ、動物が行動を発現する機会を増やすような工夫がされています。しかし、環境エンリッチメントは、耐久性などの点から、時には人工的な素材を用いて実施されることもよくあります。そのため、展示効果という側面から考えると、その導入が生息地を模した放飼場の景観を損ね、来園者に与える印象に影響をおよぼすかもしれないと懸念する人も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、セントラルパーク動物園で人気のホッキョクグマの放飼場を訪れた人々に対して、人工物と自然物を用いた環境エンリッチメントを行なった場合の展示に対する印象について調べた研究をご紹介します。

このホッキョクグマの放飼場には、多様な植栽、岩場や滝があり、オスとメスが展示されています。この放飼場に対し、木くず、丸太、他の動物種の毛、枝葉などの自然物と、収納ボックス、ブーマーボール、消防ホース、段ボール箱などの人工物を用いたものの2タイプの環境エンリッチメントを実施しました。そして、いずれのタイプから感じた放飼場や動物に対する印象や学んだこと、気になった点などについて、子供から大人まで含めた計251名の来園者にインタビューをおこないました。セントラルパーク動物園でのホッキョクグマへのエンリッチメントの様子はこちら。

その結果、自然物を用いた環境エンリッチメントは、来園者の約8割が動物園を楽しいと感じるような要素となっていたものの、人工物を用いた環境エンリッチメントによって動物園や展示動物に対する印象が損なわれることはほとんどありませんでした。また、放飼場が 生息地の景観を模したデザインであれば、その中に人工的なエンリッチメントが設置されていても、来園者は全体的に「自然らしさ」を感じていることもわかりました。さらに言えば、実のところ、来園者はあまりエンリッチメントそのものに注目していなかったようです。
ただ、自然物を用いた環境エンリッチメントの方が、飼育個体の情報よりもホッキョクグマという動物種全般について関心をもつ来園者が明らかに多かったことから、自然物を用いる方法は動物種に対する興味を引き出す手段として効果的かもしれません。

また、放飼場に対する感じ方や環境教育に関するメッセージの受け取り方は、年代による差がみられました。特に動物園が取り組む保全活動について、若い世代は動物園がどのように関わっているのかよくわからないと答えたのに対し、大人からは飼育下での繁殖といった動物園の努力が、野生動物の保護に貢献しているといったような具体的な回答が得られたそうです。このような年齢による違いについては、今後さまざまな年代に対応したメッセージを有効に発信する手段を検討する必要があるでしょう。

いずれにしても、動物園を拠点とした保全・環境教育について、来園者により深く理解してもらうには、生息地の景観を再現した展示をただ見せるだけでなく、 環境エンリッチメントについても、動物園が生息域外保全の一環としておこなう野生動物飼育における工夫として、「何のために設置されているのか」、「動物のどのような行動を引き出すのか」を説明し、来園者に積極的に紹介することもまた有効なその一助となるかもしれません。

(小山)

Kutska, D. (2009) Variation in Visitor Perceptions of a Polar Bear Enclosure Based on the Presence of Natural vs. Un-Natural Enrichment Items. Zoo Biology, 28 : 292–306.

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