3種類のエンリッチメントが飼育下ワウワウテナガザルの行動におよぼす影響

  • 種名:ワウワウテナガザル Hylobates moloch
  • 場所:Hawlett’s 野生動物公園(イギリス)
  • 種類:採食エンリッチメント、感覚エンリッチメント、認知エンリッチメント
  • 目的:3種の環境エンリッチメントを呈示し、以下の3点について評価する
  1. エンリッチメントをどの程度利用するか
  2. エンリッチメントによって行動配分にどのような変化が見られるか
  3. エンリッチメントに対する慣れが生じるか

エンリッチメントに関する研究は、これまでに様々な動物種を対象に行われてきました。とくに、大型類人猿については多くの報告があります。しかし、テナガザルなどの小型類人猿を対象とした研究は多くありません。大型類人猿とテナガザルでは、社会性、生態および形態が大きく異なっています。そのため、大型類人猿を対象としたエンリッチメントに関する研究で得られた知見が、そのままテナガザルにあてはまるわけではありません。

そこで今回は、飼育下のワウワウテナガザルを対象とした環境エンリッチメントが行動に与える影響を調べた論文を紹介します。

 

対象は Hawlett’s 野生動物公園で飼育されている10頭(4群)のワウワウテナガザルです。エンリッチメントとして、フィーダーボックス(図)、ブーマーボール、匂いをつけたマットの3種類を用いました。

 

フィーダーボックス:上下二段に分かれた木製の箱。1ヵ所が開くようになっており、その面をおよそ45㎝の消防ホース2本で覆っている。開く面をテナガザル側に向けて、放飼場を囲うメッシュの外側に取り付けた。

ブーマーボール(青・赤):半径15㎝のプラスチック製。青いものは、長さ2mのバンジーロープで天井に固定した。赤いものは地面に置いた。

 

匂いをつけたマット:40×60㎝のロープマット。10Lのぬるま湯に匂いを溶かし、呈示する直前までの17時間マットをつけた。マットは放飼場を囲うメッシュの外側につりさげた。呈示した匂いは、ペパーミント、アーモンド、シナモン、ショウガ、混合スパイス(ウイキョウ・桂皮・ショウガ・コショウ)の5つです。

以上のエンリッチメントを、それぞれ1種類ずつ順に導入しました。エンリッチメントは、同じ種類のものを5日間連続して導入しました。そのあと2日間は、エンリッチメントも行動観察も行わない休止日を設けました。匂いをつけたマットについては、1日目はペパーミント、2日目はショウガ、3日目はシナモン、4日目は混合スパイス、5日目はアーモンドの5つの異なる匂いを順に使用しました。

3種類のエンリッチメントのいずれかを導入する条件と、エンリッチメントを導入しない条件(対照条件)の4つの条件を設け、4条件すべてを各群に対し2回おこないました。おこなう条件の順序は、群によって異なりました。その結果を、行動観察によって評価しました。

 

エンリッチメントに触れた頻度は、フィーダーボックスでは1分間に平均0.08回、ブーマーボールでは平均0.03回、匂いをつけたマットでは平均0.02回でした。

エンリッチメントを導入した条件すべてにおいて、対照条件と比べ、エサを探して食べる行動が有意に多く見られました。また、ブーマーボールもしくはフィーダーボックスを導入した時に、発声が対照条件よりも有意に多く見られました。

「導入したエンリッチメントに効果があれば、ストレスと関連した行動(例えばスクラッチなど)が減る」と予測しましたが、ストレスと関連した行動には4つの条件間で有意な差は見られませんでした。

エンリッチメントに触れた頻度の10日間の推移をみると、3種類のエンリッチメントすべてで、エンリッチメントに触れた頻度は経過日数によって有意には減少しませんでした。つまり、エンリッチメントに対する慣れの兆候は認められませんでした。

 

以上の結果をまとめると、エンリッチメントの導入により、テナガザルのエサを探して食べる行動を活発にすることができました。また、エンリッチメントの種類によっては、テナガザルの種特異的な行動である発声(歌)が増えるかもしれません。しかし、ストレスと関連した行動は、エンリッチメントの導入による変化は見られませんでした。今回の導入方法では、エンリッチメントに対する慣れの兆候は認められませんでした。

今回導入したエンリッチメントは、どれも安価で容易に手に入るものです。こうしたエンリッチメントを用いることによって、テナガザルにおいても自然な行動を増やし、野生の行動レパートリーに近づけることができました。また、エンリッチメントに対する慣れの兆候も認められなかったことから、実用的であるともいえます。

しかし、エンリッチメントの導入により行動配分の変化が生じた理由を明らかにし、今回導入したエンリッチメントが本当にワウワウテナガザルのウェルフェアの向上につながるものであるかを確認するためには、さらに長期的な観察と非侵襲的方法でのストレスホルモンのモニタリングなどをおこなう必要があります。

テナガザルにとって発声(歌)は種を特徴づける行動です。エンリッチメントによって、こうした種特異的な行動を誘発できる可能性があるとしたら素敵ですね!

Gabriella Gronqvist, Mark Kingston-Jones, Adam May, Julia Lehmann (2013), The effects of three types of environmental enrichment on the behaviour of captive Javan gibbons (Hylobates moloch). Applied Animal Behaviour Science, 147(1–2): 214-223.

(福山市立動物園  佐藤 風)

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