ハンドウイルカへの認知エンリッチメントの試み

  • 認知エンリッチメント
  • 種名:ハンドウイルカ(Tursiops truncatus
  • 場所:Six Flags Discovery Kingdom(アメリカ合衆国)
  • 目的:飼育下のイルカに認知的な刺激を与えることが行動に与える影響を明らかにする。

研究の背景

イルカを対象とした認知研究は盛んに行われており、彼らの認知能力について多くのことが明らかにされてきています。一方で、飼育下のイルカを対象とした認知エンリッチメントの研究は限られています。そこで著者らは、認知能力を使って解く課題が飼育下のイルカの行動に影響するかどうかを調べました。

bottlenose dolphin

方法

対象としたのはアメリカ合衆国カリフォルニア州Six Flags Discovery Kingdomで飼育されているハンドウイルカ11頭です。6頭からなるオス群と5頭からなるメス群の2群に分けて飼育されています。
用いたエンリッチメント装置は、直径10.2cmの不透明な塩ビパイプで作られた迷路です。中に直径9cmのボールが入っています。迷路の前面には穴が開けられていて、中のボールを見ることができます。イルカは迷路自体を動かす、あるいは開いている穴に吻部(くちばし)を突っ込むことでボールを動かすことができます。イルカがボールをゴールまで動かすと、迷路のスタートに新しいボールを実験者が入れます。最初の条件ではゴムボールを用いました。この条件では迷路の中からボールをイルカが取り出すことはできません。次の条件では、イルカが食べることのできるゼラチンで作ったボールを用い、ゴールから中のボールを取り出すことができるようにしました。

結果と考察

オスたちは、迷路が利用可能な時間のうち12%で迷路を使いました。ゴムボールを使った条件では、6頭中2頭が迷路のゴールまでボールを運ぶことができました。吻部で迷路を上下左右に動かして解くことがほとんどで、その他のやりかたはほとんど観察されませんでした。オスは迷路を飽きること無く繰り返し使い、また何度か成功できたことから、認知能力を刺激するほどよい難易度だったと言えます。また、迷路が存在することでオスが水面に浮かんでいる時間が減り、水中にいる時間が増えました。ゼラチンボールを使った条件でも同じ2頭が迷路を解くことができました。迷路の使用時間はゴムボールを使った条件よりも短かったことが確認されました。これはゼラチンボールという餌を手に入れたくて迷路を使っていたのではなく、迷路を解くこと自体に魅力があったのかもしれません。もしくは単に繰り返し使うことで飽きてきたとも考えられます。またゼラチンボールを巡って他個体との遊びが増加しました。

一方メスたちは、まったく迷路に近づこうとしませんでした。また、迷路が無い時よりも同調遊泳(他個体と並び動きを同調させて泳ぐこと)が増えたため、見慣れない存在である迷路を警戒していたと考えられます。野生環境でもメスはオスに比べて新奇な物に出会う頻度が低いと考えられるため、こうした性差が現れたのかも知れません。

結論

こうした結果と考察から、著者らは以下のように本研究を結論づけています。

  • 本研究で調べた迷路は安全で、経済的で、実用的な環境エンリッチメントである。
  • オスに対して、適切な難易度の認知的な刺激を与え、行動に好影響を与える認知エンリッチメントとして機能した。
  • ボール自体を比較すると、ゴムボールをより好む。一方、行動に与える影響を考えると、他個体との遊びを促すためゼラチンボールを利用するのも良い。
  • メスたちは、迷路を使わず、同調遊泳を増やしたため、見慣れない物を警戒していたのかもしれない。

 

Clark, F. E., Davies, S. L., Madigan, A. W., Warner, A. J. and Kuczaj, S. A. (2013), Cognitive enrichment for bottlenose Dolphins (Tursiops truncatus): Evaluation of a novel underwater maze device. Zoo Biol., 32: 608–619. doi: 10.1002/zoo.21096

(小倉)

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