リスザルへの正の強化トレーニング

  • 種名:ボリビアリスザル(Saimiri boliviensis
  • 場所:ハーバード医科大学マクリーン病院(アメリカ)
  • 目的:正の強化トレーニングの効率を評価するために、目的の行動を形成るまでに必要な日数を定量化する

正の強化トレーニング(Positive Reinforcement Training、以下PRT)はオペラント条件づけの技術を利用したもので、動物の自発的な行動を引き出すようトレーニングすることです。飼育動物は日常的な飼育作業や研究手続きなどにより行動の制限を受けていますが、そうした作業に動物から自発的に協力をしてもらうことで彼らのストレスを減らすことができると考えられており、福祉を改善する手法の一つとして注目されています。また、この手法は動物と飼育担当者がかかわる際の安全性が高いことも知られています。今回は、実験動物として飼育されるリスザルにおいて、日常の健康管理や個体の移送、注射手順などのさまざまな作業への自発的な協力を促すトレーニングをおこない、それに要した時間を定量化した研究をご紹介します。

対象はボリビアリスザル♂14個体です。ステンレス製のメッシュケージでペア飼育され、ブランコ、鏡、カラフルなおもちゃ、テレビ、ラジオなどのエンリッチメントが設置されています。PRTでは、一次強化子(餌報酬)にシリアル、二次強化子(感覚刺激)にクリッカーを用い、初めにそれらを関連づけるために10分の間、30秒ごとにクリッカーを鳴らしてシリアルを与える作業を繰り返しました。PRTは週5日、一日あたり1~6セッションおこない、以下に述べる行動タスクそれぞれについて2分以内に10回正しく繰り返せたことで基準を満たしたと判定しました。10回正しく繰り返せた場合、10回目にはシリアルよりも嗜好性の高い餌(バナナ、ブドウ、マシュマロなど)を日替わりで与え強化しました。
PRTの内容は大きく4つで、それぞれ対象個体が、“ターゲットを触る”、“訓練者の手の上にじっと座る”、“チェーンやポールでつながれる”、“注射される”です。この4つのカテゴリ内でさらに細かく合計23の行動タスクを設定し段階的にPRTをおこないました。例えば“ターゲットを触る”トレーニングの場合、ケージの中に入れたターゲットに近づく⇒タッチする⇒2秒間タッチし続ける⇒5秒間 といった具合です。他にも“訓練者の手の上にじっと座る”トレーニングの場合、まずは脚でターゲットを触る行動を段階的に強化して持続時間を延ばし、保護用手袋へ馴らすことを経て、訓練者の指に触る、首輪を触られることを許容する、手にしがみつかせるといった行動タスクを設定しました。各個体についてそれぞれの行動タスクをマスターするのに要した日数とセッション数を記録しました。

その結果、対象個体すべてが平均10.9日間(平均23.8セッション)で“ターゲットを触る”行動をマスターしました。“手に座る”行動は13個体のみがマスターし、平均16日を要しました。“つながれる”ことを許容したのは10個体のみで平均17日、“注射される”ことをマスターしたのは12個体で14.8日かかりました。14個体中10個体(71%)は平均59.2日(50~70日)でこれらすべての行動タスクをマスターしました。

現在、このPRTを受けた個体の体重を量って筋肉注射をおこなうのにかかる時間はおよそ1.25分で、トレーニング前のおよそ3分の1で済み、拘束の必要もありません。これらの結果から、本研究で用いたPRTでは複雑な行動タスクを過半数のリスザルが2ヶ月以内にマスターできること、そしてトレーニングすることで個体をより効率的に管理できることを示唆すると著者らは述べています。

(はしもと)
Timothy E. Gillis, et al., 2012. Positive Reinforcement Training in Squirrel Monkeys Using Clicker Training. American Journal of Primatology 74:712-720.

 

 

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